まいど
織田信長は味音痴
と言われてるでやんす
当時
将軍を陰で操っていた
三好軍を信長軍が京の都から駆逐したおり
将軍の料理番を捕まえたでやんす
この料理番が京の公家達の間で料理がうまいと評判だったでやんす
この噂を信長が聞きつけ
料理を作ってうまかった首をはねず生かしてやる
と料理を作らせたでやんす
料理番を腕を振るって最高の味付けの料理を作ったでやんすが
この料理を食べた信長がこんな味のない料理を食わせおって
首を跳ねよ
と大激怒したでやんす
料理番は涙を流しながら
もう一度作らせて下さい
と頼み信長は機会を与えもう一度作らせたでやんす
今度は信長は
大した物だ
と大満足したでやんす
実は料理番は2回目の味付けを八丁味噌をタップリ使ったりとかなり塩辛く濃い味付けにしたでやんす
信長は貴族風薄味を理解できなかったんでやんすな
私は貴族でも何でもないですが(言わんでも分かる?)
京都で薄味で育ちました。
私の子供達も世間に触れるに連れ、母親の味が如何に薄味だったか分かっていった様です。
今も薄味ですが、「お出汁」がしっかりしていれば、決してまずくはないと思います。
織田氏はお出汁をどう思っていたでしょうね(^_^;)
まいど 御訪問有り難う御座います
出汁の味以前の問題だと思うでやんす
信長は元来
尾張の田舎大名
でやんす
自ら野山を駆け回り汗をかきまくってでやんす
必然的に塩分の濃い食事を好むでやんす
それと八丁味噌は尾張や三河の出身者にとっては
ソウルフード
だったでやんす
なるほどソウルフードですか。
それで、大喜びだったのですね。
私も、八丁味噌をのせた茄子の田楽は好きです(^^♪
おいしいですよね~♪
まいど 御訪問有り難う御座います
味噌カツもうまいでやんすよ
前の記事
次の記事
写真一覧をみる