まいど
戦国時代の女性達はよく政略結婚に使われていたでやんす
しかし
戦っていた女子もいたでやんす
東国一の美女と言われた忍城城主・成田氏長の娘
甲斐姫
は武術、兵法を学び軍事に詳しく
嫡子のいない氏長に
「姫が男なら」
と言わせたほどでやんす
特に弓の腕は天下一品で
馬で向かってくる武者を見事に討ち取ったほどでやんす
九州の大友氏の重臣・立花道雪の娘
ぎんちよ
もまた幼い頃から
軍事英才教育を受け
女子ながらなんと7歳で家督相続がみとめられたでやんす
容姿も甲斐姫に負けず劣らず美少女との評判でやんす
また高橋氏の息子を婿養子に向かえ(立花宗茂)夫をも巧みにコントロールしたでやんす
他にも
大三島の女戦士
鶴姫
や
秀吉軍を苦しめた播磨の
別所波
父親を自ら介錯しその首を的に投げつけた
13歳の少女(黒木家の娘で名は不明)
などなど戦国時代は女子だって戦っていたでやんす